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広島行(後編)

>5日(日曜日)
 スイート起床。訂正、スイート観終わってからだとホテルの大浴場が清掃タイムに入ってしまうため、入浴分をさっぴいて起床。大浴場後、スイートタイム。2泊なのででれんとする。
Hirosimapizza 昼前に玖の車にピックアップしてもらう。東広島の郊外でおすすめ特盛りイタリアン。店内の石窯でドンドン焼けるピザ。焼けるの早い。ペペロンチーノと言えばパスタだがこの店ではペペロンチーノというピザがあるのでそれのセットを注文。ていうかデカっ! 旨辛だったのでモリモリなんとか食べきったがもう片方のピザセットはなんとジャガイモのピザだ。あのボリュームにジャガイモまで乗っかったら正直拙者も危なかった。なにこの特盛りイタリアン・・・・ちなみに日曜日とはいえちょっと変な場所にあるのに昼満員。みんなどこでこの店の情報を入手するのだろうか。ネットか!?
Uminokujira 車で呉まで移動。海上自衛隊の擁する3つの広報館のうちの一つ「海のくじら館」を探訪。無料です! 陸は朝霞に一個しかないのに海は呉の他、佐世保と鹿屋(鹿児島)にも広報館があるというズルイ! そして事前偵察した玖の報告通り、妙に機雷(掃海)と潜水艦に特化した展示だ。米軍がさんざんばら蒔いた機雷を掃海することを名目に戦後着々と再軍備をしたたかに図った海自の歴史が展示されていた(<何その含みがあるような言い方・・・・)
 旧型潜水艦を屋外にまるごと展示してあって一部には入れる。親子連れで混み合っていたので潜望鏡は子供らにゆずる。拙者は後日STEELDIVERで遊ぶからいいよ。
 偶然この時間帯にTLでこの潜水艦のことが話題になっていたのだが、あの外から丸見えのスクリューは実はダミーであって実際に使われていたものではないらしい。流石だぜ。(ちなみに佐世保は地上のステルヴィアにいたときに研修で行ったことがあったが、あっちはあっちでオーソドックスな展示だった気がする。鹿屋はおそらく海軍航空隊メインの展示であろう。)

Yamatomuseum 続いて向かいの大和記念館に行く。こっちは民営なので入館料500円。入るなり全長30m弱の1/10大和のお出迎え。全館これ大和を中心にした呉の歴史博物館といった感じだが・・・・呉市民が猛烈に大和を愛しているのは伝わってくる。子供たちの寄せ書きまで展示されている(最近のもの)。確か広島付近は教職員組合の力が強い地域ではなかったか・・・・なんか「反戦・反軍だけど、大和は別!」とでも言っても不思議じゃない感じ。戦後早期にタンカーをバリバリ生産できたのは大和建造の技術のおかげ!とかねえ。いや、そういう側面も十分あるんだろうな。

 もちろん拙者も大和を含め軍艦大好き。しかしこう山盛りの大和コンテンツを見ていると、なんかもう、『大和』は日本人が好きなエッセンスがぎっしり詰まっているというか・・・・その構造がわかるだけにじわっと切なくなってくる。なんかの小説にあった。「日本人は地味な勝利の記録よりも壮大な敗北の物語を好む。」気持ちはわかるんだけどそれじゃダメなんだな。ダメなんだよ。
 戦後まで残ってたらあんまり巨大なもんだから始末に困ったろうな。長門みたいに核実験の実験台にされただろうか。それとも仮想戦記『征途』をもってくるまでもなく、米海軍の戦艦アイオワ(湾岸戦争後、退役)のようにミサイルプラットフォームとして生き残っただろうか。

 ちなみにちょと興味をひいたのは戦艦陸奥の爆沈事件に関する展示内の記述。吉村昭のノンフィクション『陸奥爆沈』によれば水兵による弾薬庫への放火が濃厚という結論を出しているが、この記念館は身内がそんなことをするはずがないという元乗組員の心情を慮った立場をとっているため、数年前にトラブルで水没した日本軍機雷の誤作動による説等、複数上げて原因不明としている。面白い。ちなみに現場は山口県沖だった。

 いい時間になったので土産を買って離脱する。東広島特有の赤茶けた屋根瓦&過剰なシャチホコの民家の屋根についてあーだこーだ言いながら東広島に戻ってちりとり鍋。夜半解散。
 これにて広島行終わり。翌朝早朝に起床して広島から九州新幹線に乗って鹿児島回りで神戸から宮崎に移転した新実家に行くのだがそれはまた別の話。

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コメント

ちなみに大和作ってた当事、
地元民は大和の事は本気で知らんかったらしい。

祖父(母方)は海軍工廠で働いてた(設計で)けど、祖母は知らなかったらしいし、
鎮守府からちょっと離れた所で雑貨屋やってた祖母(父方)も全然知らなかったらしい。

大きい船も小さい船も作ってたから、いちいち話題には上らなかったとか。

逆に終戦期に防空浮き砲台になってた伊勢は
「海軍さんが守ってくれとる」
って感じで結構有名だったとか。

そんなの聞いたなあ

投稿: かんこ | 2011.06.18 11:54

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